うたいろ

「放牧中」の吉岡聖恵、ソロヴォーカリストとして向き合いリスペクトを込めて歌ったカヴァーアルバム!現在「放牧中」のいきものがかりヴォーカルの吉岡聖恵が、2018年2月よりソロヴォーカリストとしての活動をスタート。大瀧詠一夢で逢えたら』、中島みゆき『糸』というJ-POP史に残る稀代の名曲達のカヴァーが記憶に新しい中、10月24日に初のフルアルバムを全曲カヴァーという形でリリース。「放牧中」である今だからこそ、吉岡が改めて様々な名曲達と向き合い、ソロとして歌いたい楽曲を自らセレクト。このアルバムは、J-POP史にヴォーカリストとしてその足跡を残してきた吉岡自身が、“一(いち)ヴォーカリスト”として楽曲にリスペクトを込め、向き合って完成した歌の表現力によって、いきものがかりとはまた一味違った、ソロヴォーカリスト吉岡聖恵としての存在感を体感出来るものとなっている。・・・・・楽しみ~

障害年金と精神障害者福祉手帳の等級

我々はただ診断書を作成するだけであるが、患者さんにとっては大きな関心事である。等級は審査医や審査会で決定される。患者さんが教えてくれない限り、結果は我々にもわからない。時に思わぬ結果が出ることがある。最近、就労する人が増えた。就労しているだけの理由で障害年金が停止になるわけではなさそうである。先日、社会機能がかなり回復している人がいて、「たぶん今回は停止になるだろう」と伝えていたのに継続になったケースがある。逆に、まず継続受給が可能だろうと予想していたのに、停止の通知がきたケースがある。わからない。同じ基準で判断されているとは思いにくい。全般的には数年前と比較し、この1年はやや判定が甘くなっている印象がある。地域差があるのかもしれない。
精神障害者福祉手帳に関しては、数年以上前と比較し、格段に判定が厳しくなっている。広島市の場合、1日2時間でもアルバイトをしているとの記載があれば、統合失調症の場合であっても確実に3級になる。ここ数年、手帳の等級が落ちたとの話が続出している。以前なら、年金が2級、手帳が1級ということはあったが、今は年金が2級でも手帳は3級という場合も多い。手帳の等級が落ちたので、年金ももらえなくなるのではないかとの不安を訴えて相談に来られる人がいる。不思議なことに広島県の場合はまた違うのである。ずっと正社員で働いているが、勤務上の問題点について記載すると3級から2級に変更になったケースがある。手帳制度ができた頃は広島市より広島県の判定が厳しかったが、今は逆転している。ここでも地域差があるようだ。
年金も手帳もいずれも書類審査である。生活のしづらさをいかに記載するかが重要である。

待てないスタッフ

「まだ入院診療計画書ができていません」「まだ処方が出ていません」「紹介状ができていません」・・・・・。当然だろう。だって、まだ作っていないのだから。今、外来診療中なのだから、そう簡単にはできない。忘れているわけではない。他の作業中なので後回しにしているだけである。なぜ待てないのだろうか。電子カルテも記載が完成しないうちにコピペで引用されたりすると、そのうち誤った伝達がされることになるだろう。

オランザピン(ジプレキサ)の力

現在、70歳代の女性。彼女は昭和45年頃、統合失調症を発症し、過去10数回の入院歴がある。悪化時には迷惑行為が目立ち、入院時は往診か警察の介入が多かった人である。もう退院して10年以上経過する。安定度は非常に高い。「この年になり、こんなに平穏な日が訪れるとは思いもよりませんでした」と言う。高齢化による安定ということもあるかもしれないが、オランザピン(ジプレキサ)の力であるのは確実である。オランザピンは揺らぎに強く、再発させにくい抗精神病薬である。たとえ揺らいでも、軽い場合は自然修復も期待できる。少し大きな揺れならしばらくの間、増量すれば良い。増量による新たな問題はまず起きない。そのうち落ち着く。別の薬剤に置き換える必要はほとんどない。他の抗精神病薬には真似できない。

精神科の流行(2017年12月31日)

  精神科は「流行」が多い領域である。診断で言えば、発達障害自閉スペクトラム症ADHD)と双極性障害が大流行である。環境にうまく適応できなければ、背景に発達障害があるのではないかとの見方がされる。診断がつけば、「やっぱりそうか」あるいは「発達障害だからどうしようもない」との結果になる。しかし、大切なのは、どのように支援をするか環境調整をするかである。最近、私はリワーク(休職者の復職支援)に関係する患者さんの初診対応をすることが多いが、市や県の職員に休職を繰り返す人がなんと多いことか。そのほとんどが配置転換をきっかけとしている。教育関係者が水道局や税務関係に移動になったりすると戸惑うのは当然である。全く慣れない部署への移動に適応できない人達が出てくる。なぜ、その人その人の特性を知り、その人に合った移動を考えないのか。一人の労働者が能力を最大限に発揮できるやり方を浸透させるべきである。できないことを求めるのは「いじめ」でしかない。これだけ多くの休職者を出す無駄なシステムをなんとかすべきである。私は成果だけの評価には反対の立場をとっている。できる人はできることをすれば良い。すばらしい実績をあげたとしても、それはその人の能力であるから当然であり賞賛すべきではない。できない人はできないなりのことをしていれば良い。できる人はできない人に同様のことを求めてはならない。不公平さを訴えてはならない。「実績/能力」を評価すべきである。

  次に双極性障害。最近、双極性障害がやや過剰に診断されている印象である。うつ病躁うつ病は治療法が異なるから診断に留意すべきであることは当然である。過去の躁病相の有無を丹念に問うことは必要であるが、「正常」と「ごく軽躁」を区別するのは困難なことが多い。双極性障害の可能性も考慮しながら、現時点ではうつ病としての治療を行う考え方も必要であろう。双極性障害抗うつ薬は禁忌ではなく、気分安定薬との併用でうまくいくこともある。うつ病双極性障害と過剰に診断し過ぎて良くならない場合もあり得ると思う。
  最近の流行。それは抗不安薬やベンゾ系の睡眠薬を絶対悪とする考え方。我々精神科医は特に、ハルシオンデパスマイスリーを嫌っている。もちろん、依存の問題は真剣に取り組まないといけない。確かに必要以上に多くの量を長期間にわたり投与するのは問題が多い。しかし、たとえばメイラックス1mgなどの抗不安薬を加えることで、神経症的な症状が劇的に改善する場合もある。適切な量を適切に使えば有益であるということだ。
  抗精神病薬の多剤大量療法の問題。多剤大量療法が厳しく批判されるようになって久しい。そもそも多剤大量の状況をまず作らないことが大切である。5剤の抗精神病薬が処方された他院から来られた患者さんを1年以上かけてロナセン8mg1錠に置換したことがある。その後、もう2年近く経過していると思うが、安定度の高い寛解状態にあり、リカバリーを達成している。一方で、CP換算1600mgを減らそうとして、悪化したまま元に戻らなくなった人達もいる。CP換算高値を批判的に扱うからこうなるのである。もともと高用量の人は相当時間をかけて減薬しないと失敗する。先日、ホーリットという薬が処方されているのは入院外来含めて一人しかいないとの話を聞いた。私の患者さんである。彼は30年前に引き継いだ際、極度の無為自閉で、いつも同じ方向ばかり向いて臥床しているため、顔の半分が日焼けしていた。それがホーリットにより蘇り、笑うようになり、退院でき、残念ながら社会参加はできないままだが現在一人暮らしである。こういった人の処方は変えたくない。実は私の外来患者さんの中にはずっと古い定型抗精神病薬を処方し続けている人達が一定数いる。新しい薬剤に変更するメリットもあるのかもしれないが、不安定にするリスクもそれ以上に予測されるからである。より良い状態にするための一時的なことならいいが、不可逆的な悪化を招く場合もある。今後、一律に単剤化や併用薬中止の方向へと圧力をかけられた場合は何らかの行動をとらざるを得ないかもしれない。
  持効性注射剤も大流行である。これもあくまで治療上の一つの選択肢であり、なるべく早期に導入しようとする動きには賛成しかねる。必ず、SDMに基づいて検討されるべきである。
  精神科には流行が多い。いったん流れができると、皆、そちらへ急ごうとするし、その流れに乗るような圧力を感じる。しかし、治療は個々の症例の状況を多方面から検討してその症例に最も適切な対応がされるべきであり、決定権は患者さんとその主治医にあるのは言うまでもない。
  最後にもう一つ。現時点ではどう考えても絶対退院不能の人達が残念ながら存在する。最善の方法を見つけるべく努力を続けることは当然であるが、今はどうにもならないものを何とかしろと圧力をかけるのも止めて欲しい。
  しかし、こんなことを書くようになったのはジジィになった証拠である。そう言えば、「いつまでここに勤めるのか」と質問されることも今年は非常に多かった。来年は少しは自分の健康に留意したい。

おいしいデパス

抗不安薬であるデパスジェネリックはおいしいらしい。
先日、外来の患者さんに「デパスジェネリックになり、おいしく食べてます」と言われた。

どういうことだい。我々精神科医は依存性の高い抗不安薬の処方にとても神経質になっているのに。おいしい剤形にするとはけしからん。

リスパダール液のジェネリックが飲みやすいのはいいが。